● 主任司祭
                                                                       
イスマエル・ゴンザレス神父


 

 ご復活おめでとうございます。   


私が善通寺教会で司牧をしている時に司

祭館が古く、もちろん地震対策もできて

なく困った経験があります。     

リフォームのために外壁の塗り替えもせ

ねばならず、当時50才位の左官屋さん

に頼みました。彼は、毎朝8時から作業

を始め午後5時には作業を終えて帰って

行きました。            

 私は、毎日作業をする彼を見ていまし

た。いつも側に置いたラジオから明るい

音楽が流れ、時々彼は口ずさみながら楽

しそうに作業をしていました。また、足場に組まれた板の上を行ったり来たり、音楽に合わせて

いるのかリズミカルにタンタンタンと動き回っていたのです。決まった時間に昼食をとり、食後の

昼寝も彼の日課でした。

 塗り替え作業は、2週間で終わりました。最後の日に、私は彼と一緒にお茶を飲みながらおしゃべり

をしました。そして、一つの質問を彼にしました。

「あなたは、なぜいつもそんなにうれしそうなのですか。」

「だって今、私は幸せなのです。健康にも恵まれ、仕事もあるし、家もあり妻と3人の子供にも恵まれ、

 これ以上なにもほしいものはないのです。だから私は、毎日明るく生活できるのです。」

と、彼は答えました。

 幸せは、外から来るのではありません。お金や学歴など物質的なものからではないのです。裕福で

満ちている事ではないのです。幸せは、心の豊かさから感じることなのです。一人ひとりの価値観が大切

です。物質的な豊富は、よい友ではありません。

わたしたちは、キリスト者としてうれしく生活をおくるために素晴らしい動機があります。それは、

わたしたちを愛して下さるお父さんとして神がおられ、救って下さるイエスもいらっしゃることです。

イエスは、世の終わりまでわたしたちと共にいると約束して下さっています。その上、神の祝福の秘跡を

配る徳島教会もあるのです。教会では一つの家族のように活動します。わたしたちは、活動によって

他の人のためにいのちを与え、奉仕し、永遠の幸福を得させて下さるイエス・キリストを感じながら

信仰生活を送って行きましょう。


――あなた方の中で偉くなりたい者は、かえってみなに仕える者となり、あなた方の中で第1の者に

なりたい者は、みなの僕になりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、仕えるためで

あり、多くの人の贖いとして、自分の命を与えるためである。――

                             マタイ20:26-28フランシスコ会訳


復活なしの四旬節を生きているような信者もいます。もちろん、人生のどのような段階や状況でも、

殊に苦しい状況では、つねに同じように喜びに生きるわけにはいかないことは分かります。しかし

喜びは、状況に応じて変化しつつも、消え失せることは決してありません。それが、自分が無限に愛され

ているという個人としての確信から生じるかすかな光であるとしても。大きな困難に出会った人の苦悩は

理解していますが、少しずつ、けれども確実に、信仰の喜びを呼び覚ます必要があります。深刻な不安の

中でも、背後にしっかりとした信頼が芽生えることを待ち望みたいと思います。


――「わたしの魂は平和を失い、幸福を忘れた。・・・再び心を励まし、なお待ち望む。主の

いつくしみは決して絶えない。主のあわれみは決して尽きない。それは朝ごとに新たになる。・・・主の

救いを黙して待てば、幸いを得る」(哀歌3:17、21-23、26)――

                        教皇フランシスコ 使徒的勧告 福音の喜び6より







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